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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)265号 判決 1996年3月14日

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

原告

キャノン株式会社

同代表者代表取締役

御手洗冨士男

同訴訟代理人弁理士

本多小平

岸田正行

新部興治

古賀洋之助

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

光田敦

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第21323号事件について平成6年9月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年2月10日、名称を「光ビーム走査装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(実願昭58-18625号)をしたところ、平成3年1月25日出願公告(実公平3-2887号)されたが、登録異議の申立てがあり、平成4年10月13日拒絶査定を受けたので、同年11月12日審判を請求した。

特許庁は、上記請求を平成4年審判第21323号事件として審理した結果、平成6年9月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年10月31日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

回転軸と、前記回転軸とともに回転する前記回転軸に対して直交する受け面と、前記回転軸を回転させる回転装置とを有し、前記回転軸に回転多面鏡を嵌合して、前記回転多面鏡を前記受け面に当接せしめ、前記回転多面鏡を前記受け面上に固定するために、前記回転多面鏡に上方から弾性力を与える弾性体と、前記弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するために前記弾性体を抑える抑え部材とを有する光ビーム走査装置において、前記抑え部材として係止部材を用い、前記回転軸の一部に凹部を設け、前記回転軸の凹部に前記係止部材を嵌合し、前記係止部材の下面で前記弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持することを特徴とする光ビーム走査装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

<1> 実願昭53-124385号(実開昭55-41875号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和55年3月18日特許庁発行)(以下「第1引用例」という。)には、フランジ6を備えた駆動用シャフト1と、駆動用シャフト1とともに回転し駆動用シャフト1に対して直交するフランジ6の支持面9と、駆動用シャフト1に回転ミラー2を嵌合して、回転ミラー2を支持面9に当接して支持させて固定するために、回転ミラー2に上から接触する0リング4と、0リング4を上方から押圧し圧縮しながら締付ける抑え金具3とを有する、光ミラーを走査して文字等の像を形成するプリンタのレーザ光学系ユニット等において、抑え金具3は、駆動用シャフト1のねじ部7に嵌合させてナット5をねじ部7に螺合させて締め付け、抑え金具3の下面で0リングを圧縮しながら締付けて保持する点、及び0リング4の代わりに適当な弾性を有する他の弾性部材を用いてもよい点、が記載されている。(別紙図面2参照)

<2> 実願昭50-117490号(実開昭52-30575号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和52年3月3日特許庁発行)(以下「第2引用例」という。)には、軸1に嵌合した歯車2を、軸1に対して直交する基台7の上面に当接せしめ、歯車2に上から弾性力を与えるばね4と、ばね4を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するためにばね4を抑える止め輪6を設けるものにおいて、止め輪6は軸1の一部に溝5を設け、この溝5に止め輪6を嵌合し、止め輪6の下面でばね4に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにしている、という点が記載されている。(別紙図面3参照)

(3)  対比

本願考案と第1引用例に記載されたものを比較すると、第1引用例に記載されたものの「駆動用シャフト1」、「フランジ6の支持面9」、「回転ミラー2」、「抑え金具3」及び「光ミラーを走査して文字等の像を形成するプリンタのレーザ光学系ユニット等」は、夫々本願考案の「回転軸」、「受け面」、「回転多面鏡」、「抑え部材」及び「光ビーム走査装置」に相当し、第1引用例に記載されたものの、0リング4又は0リング4の代わりに適当な弾性力を有する他の弾性部材は、回転ミラー2に上から接触し、抑え金具3によって上方から押圧され、圧縮されながら締付けられるので、当然、回転ミラー2に上から弾性力を与えることとなるから、第1引用例に記載されたものの「0リング4又は0リング4の代わりに適当な弾性力を有する他の弾性部材」は、本願考案の「回転多面鏡に弾性力を与える弾性体」に相当する。

よって、本願考案と第1引用例に記載されたものは、回転軸と、前記回転軸とともに回転する前記回転軸に直交する受け面と、前記回転軸に回転多面鏡を嵌合して、前記回転多面鏡を前記受け面に当接せしめ、前記回転多面鏡を前記受け面上に固定するために、前記回転多面鏡に上方から弾性力を与える弾性体と、前記弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するために前記弾性体を抑える抑え部材とを有する光ビーム走査装置、という点において一致するが、次の点で相違する。

相違点<1>:本願考案は、回転軸を回転させる回転装置を有するが、第1引用例に記載されたものは、特に、この点については示していない。

相違点<2>: 本願考案では、抑え部材として、係止部材を用い、前記回転軸の一部に凹部を設け、前記回転軸の凹部に前記係止部材を嵌合し、前記係止部材の下面で前記弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにしているのに対して、第1引用例に記載されたものでは、抑え部材として特に係止部材は用いていない。

(4)  判断

<1> 相違点<1>について

第1引用例に記載されたものには、回転装置は示されていないが、回転軸を回転させるには回転装置が必要であることは自明であるので、この点で、本願考案と第1引用例に記載されたものとは実質的に相違しているものではない。

<2> 相違点<2>について

本願考案と第2引用例に記載されたものとを比較すると、両者は、軸(前者の回転軸、後者の軸1)に嵌合した部材(前者の回転多面鏡、後者の歯車2)を、前記軸に対して直交する受け面(前者の受け面、後者の基台7の上面)に当接せしめ、前記部材に上かち弾性力を与える弾性体(後者のばね4)と、前記弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するために前記弾性体を抑える抑え部材(後者の止め輪6)を設けるという、軸、軸に嵌合した部材、弾性体及び抑え部材との関係的構成において共通しており、さらに、両者は、上記抑え部材として、係止部材(後者の止め輪6)を用い、前記軸の一部に凹部(後者の軸1の溝5)を設け、前記軸の凹部に前記係止部材を嵌合し、前記係止部材の下面で前記弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにしている、という点で一致している。

ところで、本願考案では軸と軸に嵌合した部材は一体的に回転するものであるのに対して、第2引用例に記載されたものでは軸に対して軸に嵌合した部材が回転するものであるが、軸と軸に嵌合した部材が一体的に回転する構成自体は、第1引用例に記載されたものに示されており、第1引用例に記載されたものにおいて、第2引用例に記載されたものの上記「抑え部材として、第2引用例に記載されたものの係止部材を用い、前記軸の一部に凹部を設け、前記軸の凹部に前記係止部材を嵌合し、前記係止部材の下面で前記弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにしている」という点を採用することにより、相違点<2>に係る本願考案のような構成とすることは当業者であればきわめて容易に想到できたものである。

<3> そして、本願考案の効果は第1引用例及び第2引用例に夫々記載されたものから予測される以上の格別なものではない。

(5)  以上のとおりであるから、本願考案は、第1引用例及び第2引用例の夫々記載されたものに基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)、(4)<1>は認める。同(4)<2>、<3>、(5)は争う。

審決は、本願考案と第2引用例記載のものとの技術分野、目的、構成、効果の相違を看過して、相違点<2>についての判断を誤り、かつ、本願考案の顕著な効果を看過して、本願考案の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点<2>の判断の誤り(取消事由1)

<1> 本願考案は回転多面鏡を使用する光ビーム走査装置の技術分野に属するものであるのに対し、第2引用例記載の考案は、ばねにより騒音を防止する歯車の技術分野に属するものであって、両者の技術分野は全く異なるものである。

また、技術内容の上でも、本願考案と第2引用例記載の考案とは全く相違するものである。すなわち、

目的についてみると、本願考案は光ビーム走査用の回転多面鏡の面倒れ防止にあるのに対し、第2引用例記載の考案は回転歯車の騒音発生防止にある。

構成についてみると、本願考案は係止部材及びばねにより回転多面鏡を回転軸に対し一体回転させるものであるのに対し、第2引用例記載の考案は止め輪及びばねにより歯車を固定軸に対し回転を許容しながら固定の基台に押し付けるものである。

効果についてみると、本願考案は、「回転軸に対してその精度(直角度)が充分に保証された受け部材の受け面に、回転多面鏡の基準面を突き当て、円周方向に均一にスラスト力の加わる弾性体によって回転多面鏡を挟持しているため、回転多面鏡の変形(面倒れ)が防止され、且つ構成上、ネジ締メ付けトルク管理が不要で組立、製造時の生産性が向上される」(甲第2号証6欄1行ないし8行)という効果を奏するものである。これに対し、第2引用例記載の考案は、固定軸と歯車との間に側圧がかからず、いわゆる空回りの状態で歯車全体が共振したり振動したりすること(これにより歯車の噛合い部騒音が発生する)を防止することである。

上記のように、技術分野、目的、構成及び効果が全く異なる第2引用例記載の考案を本願考案の技術分野に転用することは不可能であり、また、第2引用例記載の考案を第1引用例記載の考案に採用して本願考案の構成を得ることも不可能である。

したがって、本願考案と第2引用例記載の考案との重要な相違点につき顧慮することなく、第1引用例記載の考案に第2引用例記載の考案(一部)を採用することにより、相違点<2>に係る本願考案のような構成とすることは当業者がきわめて容易に想到することができたものであるとした審決の判断は誤りである。

<2> 被告は、第2引用例に記載された止め輪に係る構成は、本願考案及び第1引用例記載の考案の抑え部材と機能において共通であり、固着技術という点で技術分野も共通している旨主張するが、以下述べるとおり失当である。

第2引用例の止め輪は単独で機能するものではなく、止め輪から弾性体に与えられた弾性力で歯車を基台に押し付け、また弾性体から与えられる反作用によって止め輪が軸に保持されて初めて機能するものである。したがって、第2引用例の止め輪の機能及びその属する技術分野は、止め輪単独ではなく、保持すべき対象部材である歯車を含めた全体構成に基づき判断されるべきであり、第2引用例の止め輪は歯車に摩擦抵抗を働かせるように弾性体を保持する機能を奏するものである。

他方、本願考案の係止部材は、弾性体を介して回転多面鏡を回転軸に対して完全に固定しこれと一体回転させるものであり、換言すれば、固定部材(回転多面鏡)をその支持部材に固定するように弾性体を保持する機能を奏するものである。また、第1引用例の抑え金具も、本願考案の係止部材と同様の機能を奏することができる。

上記のとおり、第2引用例の止め輪は、可動部材(歯車)に弾性力による摩擦抵抗を作用させるように弾性体を保持する機能を果たすのに対し、本願考案の係止部材及び第1引用例の抑え金具は、固定部材(回転多面鏡)をその支持部材に一体的に固定するように弾性体を保持するものであって、第2引用例の止め輪と本願考案の係止部材及び第1引用例の抑え金具とは機能において全く相違するものである。また、第2引用例の止め輪は可動部材に摩擦抵抗を働かせる技術に関するものであるのに対し、本願考案の係止部材及び第1引用例の抑え金具は固定部材の固定技術に関するものであるから、これらの各部材の技術分野も相違している。

(2)  顕著な効果の看過(取消事由2)

本願考案は、第1引用例及び第2引用例に記載されたものからは予測し得ない顕著な効果を奏するものであるのに、審決は、これを看過し、本願考案の効果は格別なものではないと誤って判断した。

<1> 本願考案では、軸の一部に設けた凹部に嵌合する係止部材によって弾性体を保持する構成としているので、光ビーム走査装置を組み立てる際に、係止部材を上方から加圧し、押し込むだけでよく、その場合、回転多面鏡と受け面とは、相対回転がなく互いに擦れることがない。このため、本願考案は、回転多面鏡と受け面との擦れによって発生した削り粉が回転多面鏡と受け面との間に挟まって回転多面鏡が傾くことがなく、面倒れを有効に防止できるという効果を奏する。

一方、第1引用例記載の考案は、「ナット5を締付けると、抑え金具3が回転ミラー2との間に0リング4を圧縮しながら締付が進行し、抑え金具がねじ部7の根元の段部10に係止して回転ミラー2は固定される。」(甲第3号証3頁8行ないし11行)ものであるから、ナットを締付けのために回転する場合、ナットの回転が、抑え金具、弾性体及び回転ミラー間の摩擦力により回転ミラーに伝達され、回転ミラーの下面とフランジの支持面とが擦れて削り粉が生じることになり、本願考案の上記面倒れ防止の効果を到底奏することができない。

また、第2引用例記載の考案は、使用時に歯車2が軸1及び該軸と一体の基台7に対し回転するものであり、歯車と基台が擦れることは当然のことであり、組立時に歯車2と基台7とが擦れることが問題になるなどということは想像もできないことである。したがって、面倒れを有効に防止するという本願考案の効果は、第2引用例からは予測し得るものではない。

<2> 本願考案は、回転多面鏡1に上方から弾性力を与えるべく圧縮バネ23を加圧し押し込んだ状態でEリング等の係止部材を回転軸1の一部に設けた凹部に嵌合するだけの構成で、組立の際に回転自在の回転軸2を固定保持することなく、回転多面鏡を受け面21a上に完全に固定することができ、きわめて生産性が良い。

一方、第1引用例記載の考案では、組立時に駆動用シャフト1が回転してしまうとナット5による完全な締め付けができないから、駆動用シャフト1を固定する手間を要し、生産性が良くなく、本願考案の上記生産性の効果を予測し得ない。

また、第2引用例記載の考案は、歯車2を取り付ける軸1及び基台7がもともと固定されているものであるから、組立の際に軸1を固定することは全く予定しないところであり、第2引用例から本願考案の上記効果を予測することはできない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

審決が第2引用例を引用した趣旨は、第2引用例記載の考案自体は回転体の制動装置に係るものであるが、相違点<2>の判断に当たり、抑え部材として軸の一部に設けた凹部に嵌合する係止部材を用い、この係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持する、という係止部材に係る構成が第2引用例に記載されていて、公知の技術であることを示すためである。そして、この構成は、本願考案と第1引用例記載の考案の抑え部材とは、弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するという抑え部材としての機能において共通であり、しかも、ばね等の弾性体を抑えて固定するいわゆる固着技術という点で技術分野も共通している。

ところで、一般的に、ばね等を固定して取り付ける部分を設計するに当たり、その取付け部分に適した固着手段が他にあれば、その固着手段のみを上記設計において採用することは設計上の常識である。

このような機能及び技術分野の共通性、設計上の常識からすると、第1引用例記載の考案において、抑え部材として、第2引用例記載の考案の係止部材に係る構成を採用し本願考案のような構成とすることは当業者がきわめて容易に想到できたものである。

そして、第1引用例記載の考案において第2引用例記載の考案の係止部材に係る構成を用いてなるもの全体を通してみても、目的の達成、得られる効果において本願考案と同等であり、予測される以上の格別なものではない。

(2)  取消事由2について

<1> 削り粉による面倒れに対する防止効果については、本願明細書に記載されていないが、第1引用例記載の考案に第2引用例記載の考案の一部を採用することにより、本願考案と同等の構成を当業者がきわめて容易に想到できるものであり、この構成により、本願考案同様に、削り粉による面倒れに対する防止効果が付随的に生じ得るから、この点での効果は予測外の格別な効果ではない。

<2> 回転多面鏡を受け面に固定するために、弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持する抑え部材は第1引用例に記載されているのであって、この抑え部材として、第2引用例に記載されている軸の凹部に嵌合する係止部材の構成を採用すれば、本願考案と同様の構成を当業者がきわめて容易に想到できるものであり、この構成により、本願考案同様に、回転多面鏡を受け面に固定し組み立てる際の生産性向上の効果は付随的に生じ得るものであるから、この点での効果も予測し得ない格別の効果ではない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(2)(第1引用例及び第2引用例の記載事項の摘示)、(3)(本願考案と第1引用例記載のものとの一致点及び相違点の認定)、(4)<1>(相違点<1>についての判断)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  前示本願考案の要旨によれば、本願考案の係止部材は、回転多面鏡を受け面上に固定するために、回転多面鏡に上方から弾性力を与えるべく弾性体を加圧し押し込んだ状態で保持する抑え部材として用いられ、そのために、係止部材は回転軸の凹部に嵌合し、係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持する機能を有するものと認められる。

第1引用例記載の考案も「回転多面鏡を受け面上に固定するために、回転多面鏡に上方から弾性力を与えるべく弾性体を加圧し押し込んだ状態で保持する抑え部材」を備えていて、弾性体が回転多面鏡を受け面上に固定するという弾性体自体の機能は有するものであり、ただ、本願考案とは抑え部材に係る構成が相違し、「抑え部材として係止部材を用い、前記回転軸の一部に凹部を設け、前記回転軸の凹部に前記係止部材を嵌合し、前記係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持する」という構成を有しないものである。

ところで、第2引用例に、軸1に嵌合した歯車2を、軸1に対して直交する基台7の上面に当接せしめ、歯車2に上から弾性力を与えるばね4と、ばね4を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するためにばね4を抑える止め輪6を設けるものにおいて、止め輪6は軸1の一部に溝5を設け、この溝5に止め輪6を嵌合し、止め輪6の下面でばね4に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにしている、という点が記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、第2引用例の「軸1」、「ばね4」、「止め輪6」、「溝5」は、本願考案における「回転軸」、「弾性体」、「係止部材」、「凹部」にそれぞれ相当するものと認められるから、第2引用例には、相違点に係る本願考案の構成、すなわち、抑え部材として係止部材を用い、これを軸の一部に設けた凹部に嵌合し、係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するという構成が記載されているものということができる。

上記のとおり、第2引用例には、相違点に係る本願考案と共通する機能を有する構成が開示されており、相違点に係る本願考案の構成と第2引用例記載の考案の上記構成とは、ばね等の弾性体を抑えて固定するという、いわゆる固着技術である点で技術分野も共通しているということができるから、第2引用例記載の構成を第1引用例に記載されたものに採用して本願考案のような構成とすることは、当業者であればきわめて容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

<2>(a)  原告は、技術分野、目的、構成及び効果が全く異なる第2引用例記載の考案を本願考案の技術分野に転用することは不可能であり、また、第2引用例記載の考案を第1引用例記載の考案に採用して本願考案の構成を得ることも不可能であるとして、相違点<2>についての審決の判断は誤りである旨主張する。

甲第2号証によれば、本願考案の産業上の利用分野は、高速高精度で回転するレーザビームプリンタ等の記録装置における回転多面鏡を使用する光ビーム走査装置に関するものであり(1欄18行ないし21行)、本願考案は、回転多面鏡を回転軸上に固定する際に、面倒れの発生を防止して回転多面鏡を正確に回転軸上に固定する装置を備えた光ビーム走査装置を提供することなどを目的とするものである(3欄11行ないし21行)ことが認められる。

他方、第2引用例(甲第4号証)には、「本考案は簡単な構成により回転体に制動をかける回転体の制動装置に関する。従来例えば歯車駆動において、複数の歯車を噛合せて回転力を増減速させながら伝達させる場合、歯車の噛合部において騒音が発生する。この騒音が発生する1つの原因としては歯車駆動はベルト駆動あるいはアイドラ駆動のように回転軸と歯車との間に側圧がかからず、いわゆる空回りの状態では歯車全体が共振したり振動したりすることにある。このような欠点を解消するために従来は第1図に示すように軸1に歯車2の中心部の孔3を嵌挿させてこの歯車2を回転自在に支持させ、その歯車2上の軸1にばね4を嵌挿し、そしてこのばね4の上端を軸1の上端部の溝5に係止させた止め輪6で受け、このばね4により歯車2を基台7に押し付けて該歯車2に常時摩擦抵抗が働くようにしている。」(1頁14行ないし2頁11行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、審決が引用、摘示する第2引用例記載の考案は、歯車における制動装置に関するものであって、歯車の共振や振動による騒音の防止を課題としているものであると認められる。

ところで、相違点に係る構成の容易想到性は、引用される公知あるいは周知の技術が、出願に係る考案における相違点の構成と技術分野、課題、機能等において共通するものであるか否か、それらの共通性が起因ないし契機となって、出願に係る考案との対比の対象とされた基本となる公知の考案に上記公知あるいは周知の技術を適用することがきわめて容易に想到し得るものであるか否かなどをも考慮して判断すべきであって、単に、出願に係る考案自体と公知あるいは周知の技術との技術分野や目的等の差異のみを取り上げて、これを上記容易想到性の判断に供することは相当ではない。

上記のとおり、本願考案自体は、光ビーム走査装置に関する技術分野に属し、光ビーム走査装置における面倒れを防止することを目的とするものであるのに対し、第2引用例記載の考案は、歯車における制動装置に関するものであって、歯車の共振や振動による騒音の防止を課題としているものであるから、それ自体をみる限り、両者の技術分野や目的は相違している。また、審決も摘示するとおり、本願考案では軸と軸に嵌合した部材は一体的に回転するものであるのに対して、第2引用例に記載のものでは軸に対して軸に嵌合した部材が回転するという、構成上の差異も存する。

しかし、相違点<2>に係る構成に着目すると、第2引用例記載の考案は、抑え部材として係止部材を用い、軸の一部に凹部を設け、軸の凹部に係止部材を嵌合し、係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するようにした、という本願考案と共通する構成、機能を有するものであり、また、弾性体を抑えて固定するという固着技術である点で技術分野も共通しているから、第2引用例の上記構成を第1引用例記載の考案に適用して本願考案を想到することについて何ら妨げはないものというべきである。また、軸と軸に嵌合した部材が一体的に回転する構成自体は第1引用例に記載されているところである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(b)  上記のことに関連して、原告は、第2引用例の止め輪は単独で機能するものではなく、止め輪から弾性体に与えられた弾性力で歯車を基台に押し付け、また弾性体から与えられる反作用によって止め輪が軸に保持されて初めて機能するものであるから、止め輪の機能及びその属する技術分野は、止め輪単独ではなく、保持すべき対象部材である歯車を含めた全体構成に基づき判断されるべきである旨、また、第2引用例の止め輪は、可動部材(歯車)に弾性力による摩擦抵抗を作用させるように弾性体を保持する機能を果たすのに対し、本願考案の係止部材及び第1引用例の抑え金具は、固定部材(回転多面鏡)をその支持部材に一体的に固定するように弾性体を保持するものであって、第2引用例の止め輪と本願考案の係止部材及び第1引用例の抑え金具とは、技術分野や機能において全く相違するものである旨主張する。

しかしながら、審決が、相違点<2>の判断に当たって、第2引用例を引用した趣旨は、同引用例に、相違点に係る構成である、抑え部材として係止部材を用い、軸の一部に設けた凹部に係止部材を嵌合し、係止部材の下面で弾性体に弾性力を与えると共に弾性力を与えた状態で保持するという構成が記載されていて、上記構成が公知の技術であることを示すためにすぎないから、止め輪の機能及びその属する技術分野は、止め輪単独ではなく、保持すべき対象部材である歯車を含めた全体構成に基づき判断されるべきである旨の原告の主張は失当である。また、止め輪は、本来、軸に設けられた溝に、そのばね作用を利用して差し込まれるものであって、止め輪自身で軸方向に働く力を支え、軸方向の移動を阻止するものである。しかも、第2引用例には、「そしてこのばね4の上端を軸1の上端部の溝5に係止させた止め輪6で受け」(2頁7行ないし9行)と記載されており、この記載からしても、第2引用例記載の考案においては、止め輪を軸に係止させていること、すなわち溝5に嵌合することにより係止されていることが明らかである。したがって、第2引用例の止め輪について、弾性体から与えられる反作用によって止め輪が軸に保持されて初めて機能する旨の原告の主張は相当とはいえず、このことを前提とする原告の主張も失当である。

<3>  以上のとおりであって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  本願明細書には、「本考案によれば、回転軸に対してその精度(直角度)が充分に保証された受け部材の受け面に、回転多面鏡の基準面を突き当て、円周方向に均一にスラスト力の加わる弾性体によって回転多面鏡を挟持しているため、回転多面鏡の変形(面倒れ)が防止され、且つ構成上、ネジ締メ付けトルク管理が不要で組立、製造時の生産性が向上されるというような効果が得られる。」(甲第2号証6欄1行ないし9行)と記載されていることが認められる。

ところで、上記面倒れ防止効果は、「本考案における弾性体は、これを回転軸に嵌合して係止部材により回転多面鏡に押し込むと、該弾性体は、係止部材の下面と回転多面鏡の上面との間で圧縮状態で保持され、その弾性力が回転多面鏡の円周方向に均一にかかるようになり、該回転多面鏡を変形させることなく受け面に対して固定せしめる。」(甲第2号証3欄40行ないし4欄2行)との作用により達成されるものであるが、本願考案と一致する第1引用例記載の考案の「回転軸と、前記回転軸とともに回転する前記回転軸に対して直交する受け面と、前記回転軸に回転多面鏡を嵌合して、前記回転多面鏡を前記受け面に当接せしめ、前記回転多面鏡を前記受け面に固定するために、前記回転多面鏡に上から弾性力を与える弾性体と、前記弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持するために前記弾性体を抑える抑え部材とを有する」との構成も同様の作用をなすものであるから、上記面倒れ防止効果が格別のものということはできない。

また、第1引用例記載の考案も回転多面鏡自体にネジ取付穴を設け、ネジによって回転多面鏡を直接受け部材に固定する構成を採らないものであるから、上記ネジ締メ付けトルク管理が不要で組立、製造時の生産性が向上するという効果も格別のものとはいえない。

<2>  原告は、本願考案では、軸の一部に設けた凹部に嵌合する係止部材によって弾性体を保持する構成としているので、回転多面鏡と受け面との擦れによって削り粉が発生することがなく、面倒れを防止することができるのに対し、第1引用例記載の考案では、ナットを締付けのために回転する場合、ナットの回転によって回転ミラーの下面とフランジの支持面が擦れて削り粉が生じるため、面倒れ防止の効果を奏することができないし、第2引用例記載の考案でも、面倒れを有効に防止するという効果は予測し得ないものである旨主張する。

上記削り粉による面倒れの防止効果は本願明細書に何ら記載されていないが、第2引用例記載の考案も、軸の一部に設けた凹部(溝)に嵌合する係止部材(止め輪)によって弾性体(ばね)を保持しているものであるから、第1引用例記載の考案に第2引用例の上記構成を採用することにより(このことがきわめて容易に想到し得るものであることは、前記説示のとおりである。)、削り粉による面倒れに対する防止効果も当然付随的に得られるものと認められ、上記効果が格別のものということはできない。

次に原告は、本願考案は回転多面鏡に上方から弾性力を与えるべく圧縮バネを加圧し押し込んだ状態で係止部材を回転軸の一部に設けた凹部に嵌合するだけの構成で、組立の際に回転自在の回転軸を固定保持することなく、回転多面鏡を受け面上に完全に固定することができ、きわめて生産性が良いが、第1引用例記載の考案では、組立時に駆動用シャフトが回転してしまうとナットによる完全な締め付けができないから、駆動用シャフトを固定する手間を要し、生産性が良くないし、また、第2引用例記載の考案は、組立の際に軸を固定することを全く予定していないから、本願考案の上記効果は第1引用例及び第2引用例からは予測し得ないものである旨主張する。

本願明細書には上記効果について何ら記載されていないが、回転多面鏡を受け面に固定するために弾性体を上方から加圧し押し込んだ状態で保持する抑え部材自体は第1引用例に記載されており、第2引用例には、止め輪を回転軸の凹部に嵌合する構成が開示されているのであるから、第1引用例の抑え部材として第2引用例の上記構成を採用することにより(このことがきわめて容易に想到し得るものであることは、前記説示のとおりである。)、上記生産性向上の効果も当然付随的に得られるものと認められ、上記効果が格別のものということはできない。

<3>  以上のとおりであって、本願考案の効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

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